考える力を育む哲学の授業とは ~答えのない問いに向き合うために~

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目次

1 はじめに

この記事は、2019年7月20日に広島市で開催された第14回問い立てラボの様子を取材し、編集したものです。

このイベントでは、パンクロッカーであり哲学者である「総理」さんによる、哲学についてのワークショップが行われました。

はじめに「そもそも哲学とはどういうものか」「どうやって哲学を授業に盛り込むか」というお話があり、その後参加者が実際に哲学の授業をつくるワークが行われました。この記事では総理さんのお話の部分を中心にご紹介します。
(以下の文章は総理さんのお話の内容を編集したものです。)

2 このイベントについて

今日のこの場では、分からないことがあればすぐに手を挙げてください。「分かってないのは自分だけかな、みんなが分かっていることを質問するのは申し訳ないな」と思うかもしれませんが、そんな時、だいたい5人は同じことを疑問に思っているので遠慮はしないでくださいね。

それではよろしくお願いします。

3 Who are you? ~自己紹介~

「Who are you?」と聞かれたら、あなたはどう答えますか?とても難しい問いで、実はここから既に哲学が始まっています。ですが僕は楽して答えます。

僕は学生時代からずっとバンドをやっていて、哲学的な曲をひたすら作っています。大学院では心理学、哲学、脳科学、社会科学、政治学を学びました。最近は「人間集会」という哲学カフェのようなものを全国でやっています。また、大学で古代ギリシャについて研究をしている研究員でもあります。最近はテレビに出る機会もありますが、メインは哲学をすることです。

4 「人間集会」のテーマ例

先ほどお話した「人間集会」について、具体的にどんなテーマを扱っているのか簡単にご紹介します。
 
◯人間のarteは?

「arte(アレテ)」というのは古代ギリシャの言葉です。馬のarteは速く走ること、地面のarteは良い土壌を持つこと、ナイフのarteは良く切れること…と言えばなんとなく「arte」のニュアンスは伝わるでしょうか。こう考えていったとき、人間のarteは何なのか、というのがこの問いです。

どうでしょう、意見のある方はいますか。人間の得意なことや特性を活かして考えてみても良いかもしれません。ちなみに、この問いに対する古代ギリシャでの答えは、「理性を使うこと」ということになっています。
 
◯愛のために死ねるか

これはとても過激なテーマですが、要するに「愛ってなんだろう」ということを高校生から60代のおじいちゃんまでが一緒になって考えています。

他にも色々なテーマでざっくばらんに話しています。
 
◯なぜ愛国心と聞くと「うっ」てなるのか
◯生きる意味って何?
◯恋愛ってなんでするの?
◯大人とは?
◯道徳教育を考える
◯政治special
◯犯罪に正義はあるか?
◯人間って何?
◯コンプレックスって何?

5 哲学って何?

僕はこの質問をされた時、相手によって答えを分けています。

子どもに聞かれた時の答え

子どもに「哲学って何?」と聞かれた時は「Why?を見つける練習だよ」と答えます。

先日同じように質問してきた子どもに、「大人になると『なぜ?』を見つけることができなくなるから、今のうちに力を身に付けておくんだよ!」と伝えると、「じゃあなんで人は唾をペッってやったら汚いのに、口の中にあるときは汚いって言わないの?」と聞かれました。

簡単に言えば、そうやって子どもが「なんで?」と聞いてくるシンプルな質問について、おじさんたちが本気で悩んでいるのが哲学なんです。だから哲学は決して頭の良い人たちのものではないんだというイメージを持ってもらえればと思います。

大人に聞かれた時の答え

居酒屋で大人に「なんで哲学なんかやってるの?」と聞かれた時には、「社会のストッパー」だと答えるようにしています。

たとえば現代では「コスパ」「合理主義」「資本主義」等が社会の常識とされていますが、この「時代精神」を疑うのが哲学です。今の時代精神は決して普遍的なものではなく、100年後には変わっているかもしれないし、100年前には無かったものですが、今はこの時代精神が良いと考えて社会を作っているわけです。それに対して、「本当にそれって良いの?」と言うのが哲学の役割です。
それを伝えると、「みんなそういうテイでやっているんだから、流れてくれよ」と言われることがあるのですが、あの、

哲学者って空気が読めないんです!

空気が読めないから友達も少ないし自殺者がちょっと多いんです!!

でも、哲学者って空気を読んじゃいけないんです。空気を読んでしまったら、みんなと同じ意見を言わないといけませんから。だから哲学者は基本的に孤独です。

古代ギリシャでの答え

古代ギリシャで同じ質問をされた時の答えもご紹介しておきます。
哲学は約2500年前に古代ギリシャで生まれました。philosophy(哲学)という言葉はもともと「知を愛する(philo=愛する、sophy=知)」という意味です。哲学が日本に入ってきた当時はこの言葉を「希哲学」と訳したんですが、いつのまにか「希」の字が抜け落ちて「哲学」と呼ぶようになりました。

つまり哲学という言葉は本来「知を愛する、知を求める」という態度を表しているので、ネットショッピングで気になる本をたくさん買うことも哲学と言えるんじゃないかと僕は思っています。そう考えれば、哲学のイメージも少し柔らかくなりませんか?

6 ソクラテスの話

「哲学=知を愛する」ということを言い出したのは、古代ギリシャのソクラテスです。それより前にも哲学はありましたが、ソクラテスがこの言葉を使い始めました。

哲学者は空気が読めない、という話を先ほどしましたが、ソクラテスは空気が読めなさすぎて死刑になってしまいます。何をしたかというと、偉い人たちを質問攻めして回ったんです。たとえば、偉い軍人に会ってこんな会話をします。
「どんな国を作りたいんですか」「豊かな国です」
「豊かとは何ですか」「ええと、経済的に潤っていることです」
「経済的に潤うと人間は豊かになるんですか」「うーん、心の豊かさも大事です」
「心の豊かさと経済的に潤うことはどんな関係があるんですか」
……と質問を繰り返すと、最後には答えに詰まってしまいます。ソクラテスはこんなことを30年近く続けていました。そうやって人々に圧倒的に嫌われてしまい、裁判にかけられてしまったんです。その裁判の様子が描かれているのが、弟子のプラトンが書いた「ソクラテスの弁明」です。

ソクラテスは裁判の場で「私は神に『あなたが世界で一番偉い』と言われたので、それが本当か確かめるために聞いて回っているのです。だからあなたに言われてこれをやめる理由はない」「むしろ死刑になることで過去の偉人たちに会えるのが楽しみだ」と言ったことで死刑の判決が下されました。弟子に逃げることを提案されても、彼は「果たして逃げることが正しいのか。私たちは国に育てられてきたのに、こんなときだけ自分の命を大切にして逃げ出して良いのか」と弟子を論破して、結局毒ニンジンを食べて死にました。

自分の命よりも真理を大切にする、そんな人物から哲学の歴史が始まったんです。

7 Do 哲学とLearn 哲学

哲学を学ぶ(=Learn 哲学)のは簡単で、本やネットを使えばすぐに知識が身につきます。ただそれは哲学をしたことにはなりません。哲学をする(=Do 哲学)というのは、「善く生きるとは何だろう」といったことをみんなで考えることです。だから誰でも哲学をすることはできるんです。知識も必要ありません。

とはいっても、哲学をすることや友達と哲学的な対話をすることはなかなか難しいと思います。そこで哲学をするための場づくりのポイントをお伝えします。

8 哲学をするための場づくりのポイント

哲学をするために避けること

①too specific……専門的になりすぎること
たとえば、「◯◯についてしゃべろう」と言われても、◯◯のことを知らなければ無理ですよね。だから、先生にも生徒にも分かる題材を選ぶ必要があります。気合の入った先生ほど難しいテーマを選んでしまいがちなので、気をつけてみてください。

②get cool……冷静になりすぎること
どうしても先生は中立的な立場をとろうとしてしまいがちですが、先生が熱くなっちゃうくらいの方が面白いし盛り上がります。盛り上がるというのは、イエーイ!という感じではなく、ふつふつと盛り上がるイメージです。先生にも自分の思うことが絶対にあるはずなので、それをぶつけてみてほしいです。

③no experience……経験のないことについて話すこと
できれば自分が経験したことについて話した方が盛り上がるはずです。

自由に話せる空気づくり

上の3つに加えて、何でも自由に話していいのだということを最初に全体で共有することが大事です。

ただ、何でも自由にと言っても、やっぱり日本には哲学的な対話をしにくい空気があります。西洋と違って、もともと日本はすべてを言葉にせずに察し合う社会なので、そもそも日本では哲学をしにくいという前提があります。

クリティカルシンキング、ロジカルシンキングということも教育界で言われていますが、これらがなかなか日本に浸透しないのも、論理的に考える人、考えすぎる人は友達が減るからだという研究結果が出ています。

さらに日本には同調圧力もあります。基本的にはみんなと同じ意見の方が良いわけです。研究によれば、同調圧力を感じやすい子ほど、クリティカルシンキングをすることにかなりストレスを感じてしまうそうです。

だから自由に話すためには空気をつくることがとても大切なのです。

9 具体的な時間割

①導入(10分)

まず、哲学の授業の導入では「なぜDo哲学が大切なのか?」「なぜ今から哲学をするのか?」ということを、先生の言葉で生徒に伝えてください。

そのうえで「日本には同調圧力があるからグループワークでも突出した意見を出しにくいと思うけど、今日はどんな意見でも言ってほしい」とメタ的に話してしまっても良いし、さらに「なぜ突出した意見を言った方が良いのか」ということも伝えられたらベターだと思います。これが先ほどお話しした空気づくりにつながります。

②ディスカス(30分)

次に議論に入るわけですが、たとえばいきなりここで「じゃあ今から『愛とは何か』について話そう!」と言われても難しいですよね。だからたとえば、先生の好きな映画や漫画を取り上げて解説したり、過去の哲学者が言っていたことを取り上げてから現代の課題やニュースと絡めて考えたりすると良いと思います。

いきなりハードルの高いテーマを設定するのではなくて、なるべく具体的なテーマで、クラスの全員が足をかけられるくらいの小さなハードルを設定してください。この部分は先生方が一番得意とするところではないでしょうか。

③フィードバック(10分)

議論したまま終わりにせずに、ふりかえる時間までつくれると良いと思います。

ただ、ここでご紹介した時間割はあくまでも一例なので、実情に合わせながら柔軟に授業をつくっていただければと思います。

10 質問コーナー

授業づくりのワークに入る前に、Googleフォームを使って参加者から質問を募集し、それに総理さんが回答していく時間が設けられました。ここではそのうちの一部をご紹介します。

哲学についての問い

 
◯哲学は流行っているのですか?

そうですね。今は哲学ブームだと言われています。戦争の後のように、「何が世の中の正解なのか分からない」というような時代ほど自分探しの本がよく売れる傾向にあります。現代もその時代に入っているんじゃないかと思います。

それに加えて、10年前と比べてみなさんにとっての哲学のイメージが少し柔らかいもの、なじみやすいものになってきたんじゃないかという気もします。日本には「日本哲学会」という学会がありますが、そこでの空気も「みんなに伝わる言葉で言った方が良い」という風に変わってきています。特に最近は安楽死問題のような話題が社会で次々と生まれているので、哲学をもっとみんなに分かるものにしようという動きが出てきています。
 
◯哲学って何がしたいの?

哲学の一番の目的は、ある対象に対して「本当のことを知りたい」と追究することです。
 
◯なぜ教育で哲学を取り入れることが大切なの?

自分の頭で考えることが大切だからです。

19世紀を代表する哲学者のカントは、「子どもは自分の頭で考えることができず、他人が良いと言ったものしか良いと思わない」「大人は自分の頭で考えて正しいと思うことをする」と言いました。

実は古代ギリシャでも同じことが言われています。「autonomy(自律)」という言葉がありますが、この語源は「autonomous」というギリシャ語です。「auto」は「内側」、「nomous」は「法律」という意味なので、「autonomy」は「自分の内側に法律を持つ」という意味になります。つまり人から言われたことではなく、自分の中で物事を考えて、自分の中の法律に従うことが大事なのだということが古代ギリシャでも言われていました。

自分の頭で考えられるようになるため、という点で言えば哲学をすることもアクティブラーニングをすることも同じだと思います。

身近な問い

 
◯インスタで自分を偽ってまで自分を良く見せようとするのはなぜ?

きつい言い方をすれば、中身が空っぽで、みんなが良いと言うものに飛びつきたいからだと思っています。みんなが良いと言うものの中に自分がいると安心するわけです。これは深い問題だと捉えています。
 
◯きちんとしてるって何?
◯いじめはなぜなくならないの?
◯素直は良いこと?

このような問いは、小学生から議論できるので授業で扱うのに最適な問いだと思います。
 

この後、身近な問いをもとに実際の授業でのテーマを考えたり、授業での空気づくりのアイデアを考えたりするワークが行われました。

11 総理さんのプロフィール

神戸大学大学院卒パンクロッカー、詩人、脚本家、現代思想評論家、哲学者、人間集会代表。作詞作曲を過去にはカウントダウンジャパンなどフェスにも多数出演。その傍ら映画の脚本の執筆や詩人として詩集発売など多方面で活動。「人間集会」について2019年6月8日放送のTBS上田晋也のサタデージャーナルで特集された。

12 編集後記

哲学の授業というとどうしても堅いイメージを持ってしまいますが、「Do 哲学」は気軽に誰でもできるのだということが分かりました。総理さんの語り口がとても面白く、哲学の世界の人間臭さや考え方の一つひとつに惹き込まれてしまいました。アクティブラーニングも哲学も探究も「自分の頭で考える」ものだという話から、それぞれ切り分けて扱うのではなく、色々な場面でその要素を取り入れることができるのではないかと感じました。
(取材・編集:EDUPEDIA編集部 平原由羽)

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