専門職としての教職大学院のカリキュラム~和歌山大学教職大学院・谷尻先生インタビュー~

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目次

1 はじめに

本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われた、谷尻治先生(和歌山大学教職大学院教授)へのインタビューを記事化したものの中から、和歌山大学教職大学院についての内容を抜粋したものです。和歌山大学教職大学院で行われている事業「初任者研修履修証明プログラム」で、初任者と大学院生が共に学んでいる具体的な授業の内容について掲載しています。

教育技術7月号にインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。
教育技術.net

また和歌山大学教職大学院のHPもよろしければ併せてご覧ください。
和歌山大学教職大学院のHP

2 インタビュー

教職大学院における授業の概要

和歌山大学教職大学院では、初任者教員と学部卒の院生が共に学ぶカリキュラムが設けられており、特に2つの柱があります。1つは木曜日に初任者が大学院に来て、院生と共に授業を受けてもらうということです。もう1つは月曜日に教職大学院の教官が院生と一緒に各初任者教員の学校に赴いて授業を視察し、放課後にカンファレンス(協議会)をもつことです。

大学院では、初任者に身に付けてもらいたいことを中心に6~7種類くらいの授業を履修してもらいます。具体的には最初の4,5月は学級づくり(学校、学級経営)、6,7月ごろから年度末にかけては授業づくり(授業、教材研究)、さらに集中講義で特別活動、道徳などに関する授業を履修してもらいます。

各初任者教員の学校に赴いて授業を視察したあとは、われわれ大学院の教員と、拠点校の指導教員と、新任教員、学校によっては校長、教頭先生も交えた10人くらいで協議会をします。その場には院生も同席させて貰っています。録画しておいた授業の映像を再生しながら「このときどこを見ていた?」「このとき何を考えていた?」「この発問の意図は?」など、新任教員一人当たり40分~60分あたりかけて授業の振り返りをします。

具体的な授業の内容について

教員になる人が学びたいのは、授業の中身ではなくその中身を通して子どもたちが主体的に考えるにはどうすればいいかということです。和歌山大学教職大学院では現場に出て活かせる実践的な部分と理論的な部分を学ぶことができるカリキュラム構成になっています。具体的には以下のような授業を提供しています。

◆「学校・学級経営」の授業では

「学校・学級経営」という授業では、最初に授業開きから始めます。役割分担としては、受講生(初任者と大学院生)が子ども役、後ろに立つ保護者を大学教官、元教員が先生役をやります。今年は中学校の学級開きを想定して、私が先生役をやらせていただきました。

入学式後の初めての学活をどう進めるのか。最初の挨拶や生徒の呼名、自己紹介や配布物の配り方など、具体的にやってみます。その際にどのような配慮をし、どのような声かけで子どもの中に安心感が生まれるのかを体感してもらいます。特に初日の日の「教師のお話」は重要ですから、どんな表情でどんな内容をどう語るのか、イメージを持ってもらえるように実際に語ってみせます。最後に学級通信を配って群読をします。先生の読むところ、子どもたちの読むところ、保護者の読むところを分けて元気よく声を合わせて読むのです。そして、群読の最後の「中学校生活の スタートだ!」に合わせてくす玉を割る、といったことを行います。くす玉を割るのは直前のじゃんけんゲームで勝った人です。「今年の担任はイイ感じ」と子どもが感じられたら大成功ですね。実際に、この場でやったことをその数日後の学級開きでやっている初任者もいます。

それだけで終わるのではなく、実際に授業を体験した後、「この日にどんなトラブルが起きそうか」を考えて、どのように対処するかをみんなで話し合います。

つまり、学習者自身が実際に授業の受け手を体験したり、授業のリスクヘッジを考えたりしています。以後、課題のある子や保護者への支援法、子どもの関係性を明らかにして指導にいかす「学級地図」や「心の地図」の作成、実践事例を検討して自分の日々の学級指導にいかすポイントをつかませるなど、大学の授業とはひと味もふた味も違った学びを積み上げます。

◆模擬授業では

模擬授業に関しては、大きく2種類に分かれます。大学院にいる、その分野のプロフェッショナルの教員が小中学校の先生役になり、実際に行う「示範授業」と呼ぶものと、受講生の代表が先生役になり、他の受講生が子ども役になって行う「模擬授業」の2種類です。「示範授業」では、授業が終わると、その授業のどこが優れていたのかをディスカッションします。ここで議論されるのは、先生の立ち居振る舞いや話し方、目線、子どもへの対応、発問などももちろんですが、深い教材研究に基づいた授業構成や教具の工夫といったものまで多様な視点で考察します。

ここでのポイントは、受講生が子ども役として授業を受けていることです。大人でも子ども役になって褒められたら嬉しいと思います。そのため褒めるのは大事だと分かったり、少しざわざわする子の役をしたりして、自分がどういう声かけで勉強に集中できたかなどを体感として分かっていきます。そして、授業を深める発問がどのようにして生まれたのかといった背景を協議後のミニ講義で知るのです。これらのポイントが分かると初任者の翌週の授業が変わってきます。

この授業は、学生が約8人、初任者が約10人参加しています。さらには大学の教員もよく見学にこられるので授業参観者が10人くらいになることもあります。ですので、示範授業をするにあたっては大学教員も本気で準備します。中には、半年以上かけて準備をされた示範授業もあります。

そして7月の中下旬から受講生が自分の持つ学年を想定して模擬授業をします。90分×2コマの180分のうちの45分~50分を使って授業をし、その後にみっちりと協議をします。

また講義の後に感想や写真を送ってもらい、私が講義通信としてまとめておよそ月1ペースで受講生に渡しています。他の大学教員がブログでも講義の様子を発信しています。

和歌山大学教職大学院の強み

初任者研修履修証明プログラムが成果をあげていることが和歌山大学教職大学院の一番の強みでしょうね。教えている教員陣も学んでいる初任者らも「教職大学院の授業は面白い! 力がつく!」と肌で感じています。それは毎月のように、初任者が大学院に集合し、院生とともに受講している講義の様子を見ていても伝わってきます。実際、講義で得た学びをその後の授業にどんどん反映して成長していく初任者の様子を見ながら実感しています。

和歌山大学教職大学院には元校長先生、教育委員会の指導主事で和歌山大学に派遣されている教員、教育行政学や教育方法学を専門分野にもつ研究者教員、元児童相談所職員、そして民間教育研究団体で学んできた元小中学校教師など、色合いの異なる教員が集まっています。多様な経歴をもつ教員がそれぞれの持ち味を出し合って、うまくコラボレーションができていると感じています。講義は常に複数教員が立ち会っていますし、多いときは10名以上の教員が参観し、時に授業にからんで進んでいくのです。

このような「毎日が授業参観日」というのは教師にとって最も鍛えられる場です。授業に手を抜けませんし、より良い講義にしようと常に知恵を絞り、教材研究を積んでいます。

3 谷尻先生のプロフィール


谷尻 治(たにじり おさむ) 先生
1958年、京都市生まれ。京都教育大学教育学部を卒業後、京都市立中学校社会科教諭として34年間勤務。早期退職して2015年和歌山大学教育学部教授に就任。2016年から和歌山大学教職大学院教授。
新任の時期から全国生活指導研究協議会に参加し、生活指導・集団づくりを学ぶ。現在、全国生活指導研究協議会研究全国委員、京都府生活指導研究協議会常任委員、隔月教育誌「生活指導」(高文研刊)編集委員。和歌山県立向陽高等学校学校運営協議会委員長。
著書に「自立を育てる生活指導 中学校3年」(労働旬報社)、共著に「共同でつくる 総合学習の実践」(フォーラム・A)、「共同グループを育てる 今こそ、集団づくり」(クリエイツかもがわ)、「教師になる『教科書』」(小学館)など多数。
(2018年7月12日時点のものです)

4 著書紹介

5 編集後記

全国の教職大学院の入学者数は過去10年で増加傾向にあり、学部卒の教員採用試験の合格者率より教職大学院を卒業した人の合格率のほうが高いという結果が出ています。しかしそれは学部4年間プラス2年間の時間と学費という多大なコストをかけた結果です。
 今後はますます世間の教員に対する目が厳しくなり、教員には新人であるかどうかは考慮されずに求められる能力は多くなっていきます。その中で教員になるための方法の一つとして教職大学院進学という選択肢が浮かび上がるのが当然となるのは、そう遠い未来ではないかもしれません。
(EDUPEDIA編集部 中澤歩、加藤舞)

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