発達障害・ひらがなが苦手 どの子も伸ばす 合理的な技術で効果的な支援(【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー第15回  武田洋子先生)

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目次

1 はじめに

 本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われた、武田洋子先生へのインタビューを記事化したものです。
 医学的な視点から手作りプリントで学習をサポートした経験を活かし、教材を作成する小児科医の武田先生に、読み書きが苦手な子への、合理的で効果的な支援について伺いました。

『小一教育技術』~『小六教育技術』2.3月号にもインタビュー記事が載っていますので合わせてご覧ください。⇒教育技術.net

2 インタビュー

 読み書き障害に気づくためのポイント

——読み書きが苦手な子に気づく手がかりはありますか?

学校での気づきの手がかりとして、次のような症状があります。

・短い文でも読むのを億劫がる

・音読で、初めの1行目は一生懸命読むが、後の方になると疲れて読み間違いが増える

・語句を間違った箇所で区切る

・板書をノートに写せない

・文字の書き順を覚えられない

就学前の段階では、あいうえお表などを見てもあまり文字に興味を示さないということがあります。模様かマークのように見えて、文字という読む記号と思えないのです。時に、お手紙などを読む真似をしても、上下が分からず逆さに見ていることもあります。

また、保育園などで読み聞かせをしても「よそ見をしていて聞いていません。」と言われることもあります。本人にすれば、お話から様子をイメージできず、外国語かお経のように意味が分からないのですから、当然の結果です。

周囲の大人はまず、目が見え、耳が聞こえていても、このように「心の目や耳」が十分には育っていない子どもがいるということを理解していただきたいと思います。その上で、お話したような症状に気づいた際は、決して叱ることなく、その子の困難の要素をしっかりと見極めていただきたいと願います。ここが「効果的支援」のスタートラインになります。

 読み書き障害と自閉症やADHDとの関連

——読み書き障害と自閉症やADHDなどとの関連はありますか?

読み書き障害は学習障害の中で最も多く、上の図のように、自閉症スペクトラム障害やADHDなど、他の発達障害との合併も多いです。ただ、他の発達障害と異なり、気がつかれにくい特徴があります。教室の中で読めない・書けないで人知れず困っている、SOSを出すこともできずにいることが多いのです。また、ADHDとの合併では、落ち着きがないから読み書きできないと誤解されている場合があります。

現場の先生方には、まず「読み書き障害かもしれない」という視点と理解を持っていただきたいと思います。

 生活言語と学習言語

——日常の会話と学習の言葉は、どのように違うのでしょうか。

言葉には学習言語としての機能のみならず、家族や仲間と会話することや、自分の気持ちや事情を伝え問題を解決することなど、たくさんの役割があります。

生活言語のことでは、こんな相談がありました。「他の子とトラブルになった時に、うまく話せないためについ手を出してしまう。その結果だけで、うちの子が悪い子にされてしまう。」逆に、「いじめられても『やめてほしい』と言えない、事情も話せないので分かってもらえない。」という例もあります。いじめっ子と誤解されないためにも、いじめから身を守るためにも、また「○○君に悪いことをした。」と反省するためにも、「だからこれからは気をつけよう。」と我慢するためにも、言葉の力が要ります。もちろん、仲の良い友達関係を作るためにも…

学習言語は、よく学びよく遊ぶ中で生活言語と呼応しながら伸びていくことが多いのですが、読み書き障害の子どもは、そこに開きがあることがあります。学習においては、文字のウエイトが大きくなるからです。読み書きを通して考えたり理解したり、表現したり覚えたり、あるいはまた黒板を写したりと、たくさんの力が問われます。そこで先生方は、生活言語と学習言語との間にギャップのある子どもの存在をご理解の上、叱らないでほしいと思います。

 読み書き障害と学力…授業の工夫にむけて

——読み書きの力と学力の関係はどうでしょうか。

読み書きの力が、なぜすべての学力の基礎になるのか、三つの視点からお伝えしたいと思います。

  • 文字の力

学習の理解や知識は、文字を支えに確実となり定着するように思います。例えば、海外で小さい子どもが現地の言葉を覚えて話すことがありますが、文字を覚えなかった子どもは帰国後ほとんど忘れることが多いのです。一方で年齢が上がり習得に苦労はしても、現地で読み書きまで学んだ子どもはその国の言葉を覚えていることが多いです。同様に、学力の大切な要素である「知識」の記憶にも、文字の力が大きいと思います。

  • 語彙の力

学習内容の高度化につれて語彙の力が問われます。発達障害の専門家がよくおっしゃるように、「小さい時は家族や友達と話す中で語彙は増えていくが、ある程度以上は本を読まないとなかなか増えない」ということがあります。

  • 取り組む力

読み書きは聞く話すことと違って個人的な作業です。地道に真面目に学習課題に取り組む姿勢を育むという意味でも、読み書きの学習は大切だと考えます。そのような姿勢は将来社会人として真摯に仕事に取り組む態度に繋がっていくと感じています。ですから、読み書きの学習においては、先生方は真面目に取り組んだ姿勢も評価していただきたいと思います。

——読み書き障害の子どもの学習方法で心がけることはありますか。

読み書きは、正しくすらすらとできて初めて学習のスキルになります。しかし、読み書き障害の子どもは、ただ反復練習してもなかなかできるようにはなりません。一方、新刊「ゆっくりよみかきトレーニング: 発達障害・ひらがなが苦手 どの子も伸ばす」を監修して下さった平岩幹男先生もおっしゃるように、様子を見ること・見守ることは、何もせず放置しておくのと同じです。

  • 心がけること

気づき➡得意と苦手の評価➡得意で苦手を補う合理的技術の設定➡できることを増やす支援
という一連のシステムが大切だと思います。

  • 気づくべきこと

「心の目や耳」の育ち、言葉からのイメージ力、単語抽出の力、視線操作など、つまずきの原因は多岐に亘ります。「ここが苦手かもしれない」という意識でチェックしてほしいと思います。

  • 合理的技術・できることを増やす支援

イメージ化の困難を補うように絵や図を描く、IT機器を使うなど、その子の脳が喜び、力を活かせるバイパス路を工夫していただきたいと思います。新刊の解説も、効果的支援のヒントとなることを祈ります。

  • 個別の課題や宿題の配慮を!

その上で、困っている子には個別の課題を与えてサポートすることも大切と思います。宿題は、日記の代わりに視写などを選択肢に、あまり負担にならない課題をお願いします。

——読み書き障害の子も授業に参加しやすくなる工夫はありますか。

効果的な工夫のためには、つまずきの原因をよく理解する必要があります。読み書き障害を含め「言語性学習障害」の子どもがつまずき易いポイントごとに、ヒントをあげます。

1)お話を聞けない

多くの発達障害児が、先生のお話を聞く時間で授業からそれてしまいます。意味が分からないので心の耳を澄まし集中できないからです。お話を聞く時間は、途中で選択肢を挙手で選ぶ、他の子と相談する時間や手を使う作業を与えるなどの工夫を勧めます。そうした活動的な課題を挟むことで、聞く時間を短く区切りながらつなげる配慮をお願いします。

2)問題の意味が分からない

たとえば、1Lを3等分して、「1めもりは何リットルを表しますか」と問うと、1/3ではなく3/3と答える子がいます。これは「ひとめもり」ではなく「いちめもり」と読んで1Lを答えてしまうために起こる間違いです。つまり、数量が分からないのではなく、問題の意味が分からないのです。このようなつまずきを翻訳する必要があります。そして、言葉ではなく下のように図で問いかけると分かり易いです。

3)板書を写せない

板書を写すのは、「聞く・見る・頭に留め置く・視線を動かす・書く」の連続作業です。もちろん黒板に書かれたことを理解しながら行う必要があり、注意力など、読み書き以外の力も要ります。難しい子には、ワークシートを渡し、キーワードだけを̻̻▭に書かせる、iPadで板書の写真を撮らせるなどの補助をお願いします。IT機器は、読み書き障害の子にとって福音だと思います。

——読み書きが苦手な子が劣等感を持たないための関わり方はありますか。

  • 本人へ

「あなたのような人はたくさんいるんだよ。」とはっきり伝えることが大事だと思います。そして、「メガネをかけている子などと同様、何も悪いことではない。」と教えてください。

  • 周囲の子どもへ

「読み書きも含めてどんなできないことも笑ってはいけない。自分がされて嫌なことは他の人にもしない。ということを教えてください。

  • 一般論としての声かけを

「何で○○さんだけ違うやり方するの?ずるい」とひいきのように思われることもあります。ですから、特定の子どものことではなく、みんなのこととして教えるのが上手なポイントだと思います 。本人と周囲の両方へ一般論としての声かけを行ってほしいと思います。

合理的な技術で効果的な支援

——先生がプリント集を作ろうと思ったきっかけは何ですか。

親御さんは一生懸命子どもに学習を教えているのですが、子どもがなかなか取り組めないという相談がよくありました。そこで私が作ったプリントを使ってもらうと、子どもたちは喜んで学習するというのです。うれし泣きをするお母さんもおりました。そのような姿を見て、「日本中の同じように困っている子ども達にも、このプリントを届けたい」と思ったのが教材を作ったきっかけでした。

なぜ子どもに喜ばれたのか?それは、私の教材にはどれも発達障害の特性に添う様々な配慮をしてあるからです。例えば、算数ではすぐに数を数えるのではなく「大きい・小さい」「多い・少ない」という概念から入ること、国語では文字を読む前に影絵で形の見分けから入ること、絵や図をたくさん用いたことなどです。学習の前に必要な基礎的な力をしっかり積み上げてから学習に入り、目や耳、心や手の機能を総合的・段階的に伸ばすシステムをとったことが、取り組み易く喜ばれたポイントだと思います。根性でたくさんではなく「量より質」「丁寧にしっかり」が医療者のスタンスです。

現場の先生には、温かい目で見守る・愛情のある指導などの方が、人間的と共感されやすいかもしれません。しかし、医療者は「この子は神経系のこの機能が使えていない、この機能は使える。」などと生物学的評価を心がけます。検査結果など客観的な情報も根拠に、それを合理的支援につなげていくのが私たちの役割だと思っています。現場の先生方には、プリント集の構成や解説を、個別のサポート法の参考にもしていただければと思います。

——新刊「ゆっくりよみかきトレーニング: 発達障害・ひらがなが苦手 どの子も伸ばす」には、どのような工夫がありますか。

小児科医の視点から障害の特性に配慮し、次のような工夫をしています。

1)1ページの課題を少なく

これまでの教材でも読者の方に喜ばれたことですが、短時間で1ページの課題が仕上がるので、学習がおっくうで集中力が長く続かない子でも、達成感を持ちやすくなっています。

2)文字数を少なく

読むのが苦手な子にも負担なく取り組めるよう、問題文を短く易しくし、イラストで分かるようにしています。余白が広いので、疲れず飽きずに進めます。そして、次第に文字数が増えていくので、気が付くとだいぶ読めるようになっていきます。

3)レイアウトにも工夫

マスの中に文字を納めやすいように、単元ごとにマスの大きさをそろえ、少しずつマスを小さくしていきます。自閉症の子どもの並び方へのこだわりにも配慮し、マスの縦横の線が、整然と並ぶようにしてあります。

(「ゆっくりよみかきトレーニング」 写真は試し読みページより)

4)心の目の力をのばす

人は、目が見えるだけで文字を読めません。専門用語では視覚認知と言いますが、視力とは異なる、見て分かる・覚える「心の目の力」を訓練します。例えば、「は」と「ほ」などの似ている文字を見分けたり、回り方やはねの方向を確実にしたり、途中で「めのれんしゅう」のページもあります。

5)苦手要素にスポットを当てた音読支援

上手な音読に向け、文字列にそって視線を動かす力、適切に区切ること、文脈の読み取りなど、それぞれの苦手要素を克服するための訓練課題が段階的に掲載されています。

(「ゆっくりよみかきトレーニング」 写真は試し読みページより)

ひらがなは日本人の心の土壌

私は、家族で海外に住んだ際、外国語が堪能な日本人家族ほど、子どもが小さい頃にまず日本語を教えようとする、しかも、漢字よりもひらがなの言葉のニュアンスを教えようとする姿に、言語にかける精神を学びました。ひらがなで表現される「わくわく」「ふんわり」「ぽっかり」「ほのぼの」などの語感を理解できる語彙の力は、日々ひらがなの言葉になじみ、たゆみない読み書きの訓練を続けることや、絵本の読み聞かせをしてもらうことなどにより、初めて身につくものだと思います。そして、将来「ほんのりと光る」「たおやかになびく」「うららかな日和」「せせらぎ」「たたずまい」といった、より高度な和語をイメージできる日本人の心の土壌になると思います。

日本語は、漢字を含め文字数の多い言語です。また、文字の習得には形を見分けて覚える「心の目の力」「注意力」などが必要です。ですから、まずは形が易しいひらがなで、音と文字をマッチングする読み書きの基礎を確実にしてほしいと思います。そして学習の基礎力として、さらには和語を五感で理解し使いこなせるようひらがなの読み書きをしっかりと訓練してほしいと思います。

ネット動画と読み聞かせの効果

——幼児期からのネット動画や漫画などが読み書きの力に与える影響(良い悪い)はありますか。

インターネットや漫画も、時間を守り睡眠不足や依存症に気をつければ良い面もあると思います。氾濫するネット情報から、家族の価値観で有益なものを選び出すのも大切な作業と思います。一方で小児科医の立場からは、やはり絵本の読み聞かせを勧めたいです。ストーリーのある世界を親子で共有できるバーチャルな経験として、文字を読めない小さい子だけではなく、小学生(高学年でも)にも読み聞かせをして欲しいと思っています。

絵本の読み聞かせをするときには、一方的に親が話して子どもがシーンと聞いているのではなくて、途中で「〇〇ちゃんはどう思う?」「(登場人物の)□□くん、褒められて良かったね」などと会話をしてお話を膨らませながら読んでみて下さい。目の前に絵があるのでイメージを共有できます。そういう読書体験は色々な意味で言葉の力を育て、親子の信頼関係も育てる大切な時間だと思います。

学校の先生方へのメッセージ

——学びの場での言葉について大切なことは何ですか?

1)「心の運転士」としての機能を知ってほしい

通常私たちは、心の中に伝えたいことがあってそれを言葉にすると考えます。ここでは言葉は、気持ちを乗せて運ぶ「乗り物」の役割を担います。しかし、初めに言葉があり、その言葉によって新しいことを知る・理解するということが、たくさんあります。ここでは言葉は「心の運転士」の機能を果たします。たとえば数の学習に、その機能を見ることができます。子どもは0という言葉と文字を学ぶことにより、1よりも小さい数の存在を知り、分数という言葉と表記を学ぶことにより、0と1の間にも数があることを理解するのです。教室で先生が発する言葉は、日々運転士として子どもの心を育てていくことを忘れずにと願います。

2)「読み書き障害≠知能のおくれ」を理解してほしい

 上手に読み書きができない、あるいは国語のテストができないと、知能のおくれと思われていることが少なくありません。発達障害の子どもは、得意と苦手の幅が大きいので、知能のおくれと決めこまず、できることにも目を向けてほしいと思います。できることは苦労がない分、案外本人も周囲も気がつかないことが多いのです。その子の可能性を見落とすことなく光を当ててほしいと思います。

また逆に、知能のおくれがないからと、そうした子どもを「自分の言葉で話しなさい」と、追い詰めない気遣いが必要です。読み書き障害の子どもは、知能におくれがなくても、自分の言葉が十分には育っていないことが多いのです。ないもので話すことはできません。視覚的なアイテムやIT機器の力を活用し、そうした子どもにも地道に「自分の言葉」を育てていただきたいと願います。

——最後に現場の先生方や先生を目指している学生にメッセージをお願いします。

学校は学習の場であるとともに生活の場でもあると思います。そのため、学習で困っている子どもたちにも、それぞれが心地良く感じられる居場所を保障していただきたいと思います。教室で、それぞれの困難とニーズに対応できる支援、多様な学び方が許されることを願います。そして一人一人の子どもがしっかりと読み書きの訓練を積み、言葉の力でよく学びよく生活できることを祈ります。

3 プロフィール

武田洋子(たけだ・ようこ)先生

小児科医。1991年フランス パリ ネッカー小児病院にて研修。1992年帰国後障害者医療に従事。全国重症心身障害児(者)を守る会三宿診療所所長。日本小児科学会小児科専門医。2010年NPO日本教医再興連盟賞受賞

臨床経験を生かし、学習のおくれやつまずきを心配して受診する子どもたちを、手作りプリントで医学的な視点からサポートした経験を活かし教材を作成。
 著書に、おくれがちの子、LD児・ADHD児を医療者の力でサポートする「小児科医がつくったゆっくりさんすうプリント」シリーズ、「小児科医がつくったゆっくりこくごプリント」(いずれも小学館)がある。
(肩書は、2017年11月28日時点のものです)

武田洋子の著者一覧(小学館)*試し読みもできます。

4 関連ページ

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『小一教育技術』~『小六教育技術』2.3月号に掲載のインタビュー記事も合わせてご覧ください。

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【教育技術×EDUPEDIAコラボ】スペシャルインタビュー

第1回からのインタビューまとめページはコチラ

コラボ企画・特集ページ

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