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ヘルバルトの教育観について(教職教養)~西洋の教育学シリーズ~①

1 はじめに

「教授のない教育などというものを認めないし、また逆に教育しないいかなる教授も認めない」という言葉をご存知でしょうか。この言葉は19世紀のドイツで教育学者として名を残したヘルバルト(Johann Friedrich Herbart, 1776-1841)の著者『一般教育学』で述べた言葉で、教育界でも有名な一言になります。1799年にブルクドルク城のペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi, 1776-1827)を訪問した際に、ペスタロッチの教育学に影響を受け、その後は彼の教育学を根底にしながら自らの教育学を構築していったのです。

※本記事は、『西洋の教育の歴史を知る—子どもと教師と学校をみつめて (現場と結ぶ教職シリーズ)』
あいり出版 (2011/4/1)を参考にしております。

2 ペスタロッチの教育観

では、ヘルバルトの教育観に影響を与えた、ペスタロッチの教育実践とは一体どのようなものなのでしょうか。

彼の考案した教授法は「メトーデ」と呼ばれています。
 ペスタロッチ曰く、「唯一かつ永遠の教授法」で、「教授の根本原則を全面的に自然の歩みと一致させる」ものであり、彼は、ルソーの考案した合自然性に、自然の歩みを補助するための心理学的な技術が必要であると考えていました。つまりは、人間の精神に発展する自然の歩みに教授の歩みを合致させるべきであると考えていたのです。

教授の具体的な原則としては、非本質的な事物を本質的な事物に従属させることや、事物の類似性に従って配列することなどが述べられています。これは、後に述べるヘルバルトの四段階教授法と類似しています。

また、人間の認識の唯一の基礎を「直観」であるとし、直観できる認識の基礎は、数・形・言語の3つであるとしました。事物を認識する条件として、「いくつあるか」「どんな形をしているか」「何と呼ばれているか」で、すべての物を区別できるものであるとされていることから、これらは「直観のABC」と呼ばれています。ペスタロッチは、この3点を基点として教育することによって「曖昧な直観」から「明晰な概念」へと至ると考えていました。

3 ヘルバルトの教育観

ではペスタロッチの教育学を踏まえた上で、ヘルバルトの教育学を説明していきましょう。

ヘルバルトの教育学の特徴の一つとして、従来の経験的な「教育論」から科学的な「教育学」へと転換していることが挙げられます。すべての教師の視野が偶然によって定まっていることや、教師の経験のみで子どもたちを教育していると、自分の仕事の結果や方法を批判できなくなる、とヘルバルトは考察していました。そのため、ヘルバルトは自身の著書『一般教育学』をあらゆる教師の手引書のようなものとして出版したのです。

 教育の目的とは

では、ヘルバルトによる教育の目的は一体どのようなものなのでしょうか。

それは子どもたちに「強固な道徳的品性」と「多面的均等な興味」を引き出すことにあります。
 そのためにヘルバルトは「必然の目的」と「任意の目的」という2種類の教育の目的を考案しています。

必然の目的…あらゆる人間に該当する最高の目的であり、道徳性を最高の目的としたもの。「強固な道徳的品性」の陶冶を必然の目的としています。

任意の目的…おのおのが将来、自分の道や職業を将来自由に選択できるようにするための教育。目的を単一にすることはできません。「多面的均等な興味」をここで述べています。

「任意の目的」は、後に登場する「教授」の直接的な目的となっています。また、興味の対象としては、「認識(自然や事物に関するもの)」と「同情(人間や社会に関するもの)」が挙げられています。

 より良い教育のために

ヘルバルト曰く、「教授」だけでなく、「管理」「訓練」も教育を構成する要素であるとしています。
 まず初めに「管理」とは、子供に直接働きかけて教育を受け入れるための秩序を形成することです。そのためには、「おどかし」や「監視」では効果がなく、子どもたちが間違った方向に行こうとする際に彼らの意志を押さえる「権威」と、子どもの感情の中に入って子どもと接触する手段である「愛」が有効であるとされています。
 次に「教授」とは、教材などの第三者を媒介とした陶冶のことであり、一面的になりがちな「経験」と「交際」を拡充するものと位置づけられています。
 最後に「訓練」とは、陶冶の意図をもって子どもの心情に直接的に働きかけることです。ヘルバルトは、「訓練」に教育の主要部分があると述べています。
 また、「管理」と「訓練」は子どもたちに働きかける点では同じですが、目的がそれぞれ異なっており、別々のものであるとしています。

 教育的教授

教育的教授とは、知識や技術の習得がなされつつも、究極的には人格形成を目指した教授の概念のことです。この言葉を説明する際の一文目の言葉が、一番初めの言葉になります。
 教授のない教育とは、知識がない、あるいは知識の教育的な利用の仕方が分からない人が熱心に教育をすることで、子どもたちを意のままに支配したり、子どもを束縛してしまう教育の事です。
ヘルバルト曰く、「教授」によってどのような知識や技術を習得したのかは本質的なことではなく、単なる知識や技術を習得にとどまる教授は真の「教授」ではありません。真の「教授」とは、人間が自らの思想から様々な感情や行動を生じさせるため、「思想界の陶冶」を目的になされるものであるとしています。

 教授の進行方法、過程とは

教授の進行方法には「単なる描写的教授」「分析的教授」「総合的教授」の3つを挙げています。

単なる描写的教授…直接には知らない過去の事や遠い地方のことを教師の話術や身振りで学習内容を提示する教授法。

分析的教授…目の前の特殊なものを分析することで不変の領域へと高めていく教授法。

総合的教授…諸要素を与えて、諸要素を結合することを企図するような教授法。

また、ヘルバルトは教授の過程に関して「四段階教授法」という考えを打ち出しました。教授を「明瞭」、「連合」、「系統」、「方法」という四段階に区別し、この前半が「専心」、後半が「致思」の過程であるとしました。

専心…一定の対象に没頭する事。
 ・致思…系統の異なる知識を統合する事。

この二つはそれぞれ、静的段階、動的段階に分けられており、それが四段階を構成しています。

明瞭…個々の対象に入り込んで、それを明瞭に見る段階。
 ・連合…明瞭によって得た表象どうしを連合させる段階。
 ・系統…連合された表象を秩序立てて系統づける段階。
 ・方法…系統を発展させ、新しい文節を生産し、応用する段階。

そしてこのような四段階教授は、現代へと通じる「単元学習」の起源であるとされているのです。

4 関連リンク

・『西洋の教育の歴史を知る—子どもと教師と学校をみつめて (現場と結ぶ教職シリーズ)』あいり出版 (2011/4/1)

・単元学習とアクティブラーニング:https://do-bunkyodai.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=692&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

・生活単元学習:http://www.midori-s.akita-pref.ed.jp/sennmonnkann/seikatsutangen-abc.ppt

・四段階教授法:http://www.liberalarts.cc/kakomon2002-2.html

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