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教育が島の未来を変える~大野圭司さんインタビュー①~

1 はじめに

この記事は、周防大島で株式会社ジブンノオトを立ち上げ、島でのキャリア教育等に携わっている大野圭司さんへの取材をもとに執筆した連載記事(全4回)の第2回です。

関連記事はこちら
第1回 島の未来をプレゼン~大島中学校でのキャリア教育授業実践~
第3回 教育が島の未来を変える~大野圭司さんインタビュー②~
第4回 地域に開かれた島の教育の仕組み~大島中学校座談会~

第2回・第3回では、大野さんへのインタビュー内容をご紹介しています。この記事では大野さんの仕事内容や島での教育についてご紹介します。

2 インタビュー

大野さんの仕事について

大野さんはどのような形で教育に携わっていらっしゃるのですか?

「ジブンノオト」という株式会社を立ち上げ、キャリア教育を中心に様々な活動をしています。

授業者としては、周防大島町内の4つの小学校と3つの中学校で、総合的な学習の時間のキャリア教育の授業をしています。全部合わせると年間130時間くらいの枠があります。

他にも、山口県立光丘高校で年8回、地元の周防大島高校で年2回の授業をしたり、同校の学校運営協議会に年3回行ったりしています。それから、山口大学と山口県立大学で、プランニングの授業もしています。毎週、小中高大どこかにいますね。

企業や行政向けの「学び」の研修を周防大島で行うというのもひとつの仕事です。そういった研修には、たとえば行政から補助金をもらって地方創生をしている団体などが来ます。ツアーコンダクターのようなこともしています。具体的には、どこに泊まって、どこでご飯を食べて、どこで研修するのか、ということを計画し、1泊2日の旅行プランなどを立てています。

また、広島県の学校教育にコンサルタントとしてかかわっています。広島県の湯崎知事が力を入れている「学びの変革」に関わる予算からいくらか頂いて、学校教育の改革、キャリア教育の方法やふるさと学習の見直しなどをこの会社の仕事として行っています。

大野さんが教育に関わるようになるまで

大野さんは教員になろうとは思わなかったのですか。

全く思いませんでした。「教育が未来を変える」ということは20年位前から思っていましたが、教室だけ変わったとしても、たった一つの学校現場から公教育のシステムを変えるのは非常に困難です。公教育のシステム自体をスクラップ&ビルドしていくことを考えていたので、教員になろうという考えは全くありませんでした。

大学でも教育を専攻されていた訳ではないのですね。

ランドスケープ、つまりまちづくりのグランドデザインを専攻していました。その専門性は今も活かされていると思います。

そもそも僕は中3で「世界の村おこし」という事例集の本をお小遣いで買ったんです。なぜか最初から視点が超マクロ、町長目線でした。中3の時点で、周防大島を活性化する産業などを考えていました。

学校現場に呼ばれたのも実は偶発的なもので、8年前に東和中の当時の校長だった平野先生に頼まれてから、先生と一緒にこのようなキャリア教育を創り上げてきました。ですから自分から学校現場に行った訳ではないのです。

その当時の肩書きは何でしたか?

地域コーディネーターという肩書きでした。当時は学校支援地域本部事業が立ち上がり、コミュニティー・スクールの原型をつくっている時代でした。その事業の中で、コーディネーターをしていました。

その後自分で会社を立ち上げました。当時は父の会社で指定管理者となり、町の公共施設(陸奥記念館やなぎさ水族館等)の管理運営を行っていました。

ただ、私の教育への想いの原点はそれより少し前にあります。それは10年くらい前に私の母校が廃校になった時に感じた、どうして廃校になってしまったのだろう、自分には何もできなかった、寂しい、という虚無感のようなものでした。それから1年もしないうちに平野校長から講演の依頼があったのです。

しかし、有名でもない自分が100人くらいの前で一度講演したところで、何人の心に響くか分からないし、数年すれば講演したことすら忘れられてしまいます。そこで、定期的に教室に通って1年間中学3年生を見させてくれないかと逆に提案させていただきました。平野校長がそれを受け入れてくださったのが最初に私が教育に関わるようになったきっかけです。今振り返ればこれが非常に大きかったですね。

大野さんから見た教育

様々な立場から教育に関わっていらっしゃるのですね。

私は、授業を通じて生徒や先生方との関係性をつくることと、AI社会における公教育の最適化という、ミクロとマクロの両極から教育を考えています。教育系起業家として授業をさせていただいていますし、私自身が島で4人の子どもを育てている保護者でもあるので、強い当事者意識を持っているつもりです。

文部科学省の高大接続改革等の教育制度改革と、AI社会に向けた企業の人材育成という二つの目線で学校教育を観察し改善できるのは、公立学校の教職員ではない強みだと思っています。

「周防大島の教育」についてどのようにお考えですか。

島でも東京でも同じ学習指導要領による授業が行われるので、地域特性を発揮できる教育課程を作るには大きな情熱や学校と地域を調整する手間がかかります。しかし、全国的に都会から島や田舎への移住が増えていますので、地域ならではの教育は求められていると感じています。

例えば小学校の新学習指導要領の「教科等間の関連を積極的に図り」という部分を活かし、地域と連携しながらと理科体育科家庭科を組み合わせ、6時間を使って磯学習釣り、シーカヤックを行い、釣った魚をさばいて野外炊飯を行うというような教育課程を作ることも可能だと考えています。ふるさとの魅力を体験から学び、地域との信頼関係を育めば、将来的なUターン者は増えると思います。さらに、総合的な学習の時間にアントレプレナーシップ、つまり起業家精神を育むことができれば、Uターン起業家も増やすことができると考えています。

これまで優秀な人材の多くはふるさとに帰らずに大企業に勤めたり都会で起業していましたが、これでは過疎が進行し地域産業が衰退してしまいます。これからは、学力や人間力の高い人材がふるさとに帰り地域課題の解決に挑戦することがかっこいい、という風土を作っていきたいのです。

学力で成功する、という考え方もある中で、キャリア教育を重視しているのは、力をつけて地元に帰って来てほしいという思いからですか。

そうです。戦後復興から東日本大震災後まで首都圏への転入超過は続いていますし、2020年には東京オリンピックの開催も決定しています。この大きな流れを変えることはできませんが、ふるさとの学校教育を変革することで、自治体単位では若者のUターンと起業を促進できると信じています。実際に、これまでの8年間で300人以上の小中学生のキャリア教育を実践したことで、大学の学部選びや就職先がふるさと志向になりつつあると感じています。

学力だけではなく、ふるさと・起業家精神という要素を教育に取り入れることで自然と若者が帰ってくるのではないかという仮説が9年前にありました。中学生に向けて、たった1回の講演ではなく毎月、ワークショップ形式で自分の未来とふるさとの未来を重ね合わせるような総合的な学習の時間の授業を行うことで、生徒たちの10年後の未来が変わるのではないかと思ったのです。既に周防大島の未来は変わりつつあります。

3 大野さんのプロフィール

大野圭司さん


1978年、山口県周防大島町(旧東和町)伊保田生まれ。油田中学校業後、広島県の崇徳高校から大阪芸術大学環境デザイン学科へ進学。建設コンサルティング(大阪)、Webコンサルティング会社(東京)、Webデザイナー(フリーランス)などでの武者修行を経て2004年7月に帰郷。2005年2月フリーペーパー「島スタイル」を創刊し、2006年から社会人対象の起業家養成講座「島スクエア」(文部科学省助成認可事業)の立ち上げに携わり、2008年から2012年までコーディネーターとして運営にも参画。並行して2009年より、周防大島町立東和中学校などで「コミュニティ・スクール」を展開し、2014年~2016年まで周防大島町教育委員会にて同スクールスーパーバイザーを務め「キャリア教育」の浸透に尽力する。2013年、株式会社ジブンノオトを設立し、代表取締役に就任。キャリア教育デザイナーとして、引き続いて「島おこし」に奔走しながら、島外においても次世代起業家教育に積極的に関わっている。2015年、経済産業省中小企業庁「地域活性100(人を育てる)」選定。2018年、同「創業機運醸成賞」受賞。4児の父。

4 第3回の記事

第3回(インタビュー後編)の記事はこちらです。

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