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教育の本質を今一度問い直す~AI編~(沖田先生インタビュー)

1 はじめに

本記事は、2017年7月12日に、同志社大学の沖田行司教授にインタビューをしたものの前編です。
今回は私たち大学生が疑問に思っている最近のAIに関する話題について、歴史の観点から伺いたく、教育史が専門の沖田教授に質問してみました。
 本記事の後編はこちら↓
教育の本質を今一度問い直す~成績評価編~(沖田先生インタビュー)

2 インタビュー

学校教育にAIを持ち込むことについて

〇チャンネルを多く持とう

ーー中高の教師の理想像とはどういうものだとお考えですか。
 まず、最低限の教科の専門的知識をしっかり持っていることですね。教科について学生に聞かれてもごまかさないということです。そして、チャンネルを持っていることです。自分の考え(生徒の理想像)を押し付けてはいけません。いくら立派な教育理念を持っていたり、人間的に良かったりしても、自分の信じる学生像を一つしか持っていなければ、その学生像に当てはまらない生徒を排除してしまう先生が多いです。
 理想的な教師とは多くの異質なものを受け入れる柔軟性を持った人であると思います。

〇AIには「創る」ことができない

ーー知識面はAIに委ねて、教師はサポートに徹する、という考え方についてはどう思われますか。
 基本的にAIに委ねるという考え方は間違っていると思います。教育は知識ではありません。我々は知識を通して世の中の見方などを学んでいますが、教育の目的は正誤判定を求めることではないのです。AIはなぜ間違ったのか、ということの分析はできても、それをなぜ学習するのか、という分析はできません。一般的に教育は、合理的に情報を伝達し情報を獲得すること、と理解されていますが、そうではなく、情報を通してどのような世界観を作っていくかということなのです。この世界観は一人一人違うので、対面でしか分からず、AIには教えられないことです。

〇AIはあくまでも授業を創る道具の一つ

ーーでは教育にどこまでAIを持ち込んでも良いでしょうか?
 それは内容によりますね。大学の授業などは特にそうですが、「授業」とはライブのものであって、その場の雰囲気に応じて変わるので、同じものは二度とできません。授業をすることは、学ぶ空間そのものを創っていく、という意味合いを持っています。もちろん知識を得るというのは教育の重要な部分ではありますが、全てではありません。教育にはプラスαがあります。大学生においては、それはやはり自己形成でしょう。知識として役に立たない内容であっても、それは後の人生において大きな意味を持ってくるのです。
 現在の教育は知識の伝達に流れてしまっていますが、それは本来の教育だろうか、と私は考えています。的確に情報を受け入れて、的確に自分の意見を言う人が立派な学生とされますが、例えば対人恐怖症の人は、口に出して自分の意見は言えなくても、紙に書けば伝えられたり、信頼できる人には話せたりします。それでも「だめな人」と言えるでしょうか。
 ただ、AIを用いることで特別な支援を必要とする子どもたちも授業に参加できる可能性があるので、あくまでもAIを授業を創り上げる手段として使うのはとても良いと思います。

3 沖田先生のプロフィール


1948年京都府生まれ。同志社大学社会学部教育文化学科教授。高校教師の経験も持つ。教育史学会理事、教育文化学会会長。大学入試センター委員、作問部部長。公益社団法人スコーレ家庭教育振興協会理事。保育所つくしの会理事長。著書は、『増補版日本近代教育の思想史研究』、『人物で見る日本の教育』、『日本国民をつくった教育—寺子屋からGHQの教育政策まで』など多数。(2017年12月29日現在のものです)


4 編集後記

本編では、教育とは知識の伝達ではなくそれを通して自己形成することであることを忘れてはならないと沖田先生が警鐘を鳴らされています。教育改革が進められている今、知識をどう伝達し、考える力をどのように身に着けさせるかを考える際、教育の本質を忘れずにいたいと思います。
 後編では成績評価の手法について質問していますので、よろしければそちらもご覧ください。

(取材・編集:EDUPEDIA編集部 加藤舞、下地瑞穂、井上渚沙)

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