虐待から子どもを守る教師の対応~サインに気付く想像力とチーム対応~(教育技術×EDUPEDIA スペシャル・インタビュー第10回 加藤尚子先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われた加藤尚子先生へのインタビューを記事化したものです。

第10回は、明治大学文学部准教授・臨床心理士である加藤先生に、幼児期の虐待が子どもの脳と心に与える影響や、学校として、また個々の先生が取り組むべき対応について、詳しくお話を伺いました。

なお、本企画は『小一教育技術』~『小六教育技術』9月号にもインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。
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2 インタビュー

①虐待について

——小学生の虐待の現状について、教えていただけますか。

児童虐待は0歳~就学前までが一番多く、小学生は全体の約35%を占めています。虐待全体の件数は増加傾向にありますが、小学生が占める割合はほぼ変化していません。

全体的に見ると、低年齢のうちは心理的虐待やネグレクトが多く、年齢が上がるにつれて身体的・性的虐待が増えていきます

しかし、実際には、子どもの年齢によって虐待の状況が変わるというよりも、子どもの対処能力や反応の仕方が変わってくることで、割合が変化するのです。小学校高学年になると、身の回りのことを自分でできるようになったり、あるいは外を出歩くことが増えたりし、結果としてネグレクトが認知されにくくなるという状況があります。

また、虐待の数が増えているのは、実数が増えているというより、認知される数が増えているとも言えます。性的虐待に関しても、子どもに知識がなければ発覚しないことが多々あります。実態として、小学生にどんな虐待が多いかを断言することは難しいです

——幼少期の虐待は、小学校に上がってからも影響が残るのでしょうか?

「赤ちゃんのときの虐待は、記憶がないからいいんじゃないの?」と言われることがあるのですが、これは大きな間違いです。

最近の研究で、幼少期の虐待は脳の発達に影響すると分かってきています。虐待は心の問題、ソフトの問題と思われがちですが、実は脳機能というハードの問題でもあるのです。脳が爆発的に成長する3歳くらいまでに虐待を受けると、本人に記憶がなかったとしても、後から様々な心身の異常が出てきてしまいます。

具体的には、感情や行動のコントロールができない、などの影響があると言われています。また、トラウマの研究で言われていることですが、「感情を伴った記憶の制御」がうまくいかなくなるとも言われています。

自分が対処しきれない恐怖刺激にさらされたとき、人間の反応は「逃げる」「固まる」「戦う」のいずれかです。逃げたり戦うことができればいいのですが、圧倒的に相手の力が強いと固まってしまいます。固まることは、感情を切り取ってしまうことです。

虐待された経験と感情がうまく繋がっていないと、虐待そのものを思い出したときではなく、別のきっかけで問題が起きてきます。溜め込んでいる怒りがささいなきっかけで吹きだしたり、嫌なことがあると逃げていったりしてしまうのです。

そうなってくると、周りの子に「すぐ怒る」「すぐ出て行ってしまう」と言われたり、先生に説教されたりします。それがまた子どものストレスになるわけです。自分でも自信がなくてダメな子だと思っているのに、周りからも怒られたり非難されたりすることで、実際にそういう子になっていってしまうのです

——虐待が起きてしまう原因にはどのようなものがあるのでしょうか?

保護者側の事情としては、夫婦関係が不安定、子どもが多い、といった生活的なストレス、そして経済的なストレスなどが、虐待に関係すると言われています。

また、保護者自身が虐待を受けていたことで、適切な子育てができなかったり、感情のコントロールが上手くできなかったりするなど、「虐待の世代間連鎖」も存在します。保護者自身も我慢を強いられてきたので、自分が親に与えてもらえなかったものを子どもが要求することに対して、怒りを感じたりするのです。

子ども側の事情というのはあまりなく、子どもの存在や子どものケアが親のストレスになるかどうかが問題となります。子どもが発達障害や病気をかかえていると、やはり育てにくいと感じてしまうことはあります。そこまでいかなくても、親の嫌いな人に似ているというだけで、虐待の要因となることもあります。

親から強い口調で何か言われたとき、子どもは固まってしまって、凝視したような表情をとることがあります。反抗する気持ちで睨みつけているわけではなく、ただ固まってしまっているだけなのですが、親がその表情を反抗的だと取ってしまい、さらに怒りを掻き立てられるという悪循環もあります。

②虐待のサインに気付く

——教員が虐待に気付くためには、どういった点に気を付ければよいのでしょうか。

虐待に気付くためのサインとしては

  • あざがある
  • 洋服が汚い
  • 覇気がない
  • 休み明けにイライラしている
  • 家に上げたがらない
  • 勉強に集中できない
  • どうせ……でしょと自己評価が低い

などが挙げられますね。

他には、学校で典型的なのは「提出物」です。ネグレクトは「家庭からの提出物が出てこない」「忘れ物が多い」といった状況から判明することがあります。高学年になれば宿題の管理なども自分でできますが、低学年では、まだ親の介入がないと難しい部分があります。特に低学年の子にそういった傾向が見られたら、家庭状況に何らかの問題があると見たほうがいいです。

単に子どもがだらしないのではなくて、家庭の問題で宿題が出せないのかもしれないという発想がないと、誤って子どもを責めてしまい、追い詰めてしまいます。大事なのは、初めから怒ったり叱ったりしないで、まずは「どうしたの?」と聞くことですね。「おうちの人に渡したの?」「どこにあるの?」「明日は持ってこられる?」と聞いて、翌日も持ってこなければ、改めて対応を考える必要があります。

「何か問題があるのかもしれない」という発想がないと、こういった聞き方はできません。先生方が想像力を持って、子どもの話を聞いていくことが大切です

③子どもとの関わり方

——虐待を受けている疑いのある子どもとの関わり方で、気を付けることはありますか?

「ダメなものは絶対ダメ」という幅が狭い先生はなかなか上手くいきません。関係性が構築できるまでは、ある程度のところまでは妥協して曖昧にすることも必要です。「わかった、今はいいよ、後で話をしよう」といったん棚上げにしたり、場面や時間を変えたりするなど、柔軟な姿勢がある方がいいと思います。

ただ、「この先生は言えば基準を変えてくれる」と子どもに思われてしまうのもまずいです。どこまでいったらこの先生はOKなのか、と子どもたちはチャレンジしてきますから。バランスの問題ですね。

あと、ほめられるのは基本的にうれしいことなので、あまのじゃくな反応が出たり照れたりする子は、どんどんほめてあげた方がいいと思います。

しかし、ほめられると「こいつ、何言ってんの?」と思う、不信感の非常に強い子もいます。そういった子にはなかなか効かないかもしれません。難しいですが、その子が自分でも認められるところを探すことが大事です。「よくできたね!すごいね!」とほめまくるのではなく、「先生はこれよくできたと思うんだけど、君はどう思う?」と、事実をニュートラルに聞くやり方の方が効果的な場合もあります

それに対して「全然できてない」と返事が返ってきたら、「自分に厳しい基準を持っているんだね。じゃあよくできているというのは、どういうのをいうの?」と、本人の認識を聞いていくことが、「この先生は嘘を言わない」と思ってもらうためには大事だと思います。

④親との関わり方

——虐待が疑われる場合、保護者とはどのように関わっていけばよいでしょうか。

学校の先生の関わりによって、保護者自身の性格が変わるということは、正直あまり期待できないと思います。

保育園や幼稚園では、保護者との接触の頻度が高く、何年も関われるので、上手く子育てを支援できている例も見受けられます。しかし、小学校では、意図的に機会を作らないと、なかなか保護者とは関われません。依存の気持ちが強い保護者のなかには、1時間も2時間も電話をかけてくる人もいますし、そういった場合にはカウンセリング的な効果も期待できますが、一般的には治療的に保護者を変えるというのは難しいと思います。

ですが、教師の関わり方によって、保護者の教師や学校への姿勢が変化したり、子どもに対する気遣いや対応が改善したりする、ということはあります。そうした信頼関係を保護者と築けるよう、教師が配慮することが必要です。

——最近、虐待専門のスクールカウンセラーが設置される例があると聞きますが。

スクールカウンセラーがどれくらい虐待の知識を持っているかには、かなり幅があります。臨床心理士の養成課程の中で、児童虐待を専門としたカリキュラムは入っていないのです。平成30年までに公認心理士という国家資格ができるのですが、こちらの養成課程には、虐待について学ぶことが科目の内容として入ってきます。

また、スクールカウンセラーの役割は親の治療ではありません。あくまでも子どもが成長するための親面接なので、親自身の治療は、スクールカウンセラーの本来的な仕事ではないと言えます。

スクールカウンセラーは子どもとの面接から虐待を発見したり、辛い状況にある子どものカウンセリングをしたりはできますが、家庭訪問や他機関との連携ができるスクールソーシャルワーカー(SSW)も強力な戦力です。現在は学校に常駐している形ではないのですが、将来的に常駐できるようになれば、さらに有効かと思います。

⑤関連機関との関わり方

——児童相談所などとの連携についてはどうでしょうか。

虐待を発見したら、匿名でいいから通報してください、と話しています。
 通告を渋る管理職の先生もいるのですが、虐待を発見した場合には通告の義務がありますから、最終的には何らかの形で通報してください。場合によっては、匿名で相談するしかない場合もあるかもしれません。虐待という確信が得られなければ、「相談する」という姿勢で関係機関に連絡を取っても全く構わないのです。

児童相談所以外に、東京都では「子ども家庭支援センター」が虐待対応の窓口になっています。一時保護などはできないのですが、児童相談所とも連携を取り合っている機関ですので、どちらに話していただいても大丈夫です。地域によってこうした虐待対応の窓口の名称は異なっているので、まずは自分が勤務している市区町村の窓口を把握しておくことが必要です。

今はどこの学校も1人や2人は児童相談所が対応していますし、よほど小さな学校でなければ、児童相談所に関わる子どもが全くいないというのはむしろ珍しいくらいです。
 虐待の可能性を児童相談所や子ども家庭支援センターなどに伝えておけば、他の子の案件で学校を訪問した際に、管理職にそれとなく上手く聞いてくれることもあります。

教師がこうした相談窓口についてあまり知らないのが問題なのかなと思います。対応方法や枠組みを知り、適切に利用することが大事です。

——通報した後の対応で、気を付けることはありますか。

学校は子どもが毎日来てくれるところなので、関連機関と連絡を取った後でも、「見守り」というとても大事な役割があると思います。子どもに対しては、何かあったときに頼れる大人がいるということを伝えていく必要があります。

あとは、「虐待の対応は子ども家庭支援センターや児童相談所がやるものだから」と丸投げしてしまう、「丸投げ通告」と呼ばれる問題もあります。子どもに対して学校教育はもちろんするけれども、虐待に対して主体的に取り組むのはうちの仕事じゃないです、となってしまうケースが意外とよくあるのです。そうではなく、一緒に虐待に対応するチームだという意識を持ち続けることが大切です。

要対協(要保護児童対策地域協議会)が立ち上がると、そちらでコーディネートしてくれて、何ヶ月かに1回は要対協の方から学校に連絡を取ってくれるケースが多いです。だからお客様意識になってしまうという面もあると思うのですが、子どもの様子に気になる点があるときは自分から要対協に連絡を取るといった、主体性は失わないでほしいと思います。

また、「子どもの様子がおかしかったら連絡をください」と言っても、先生によってその基準は違いますよね。もう少し具体的な、「学校を2日続けて休んだら連絡ください」といったような基準を決めておく必要があります。虐待への対応は初対面の人たちでチームを組むことが多いので、「どうなったら、誰が、どうする」まで具体的に決めておくことが1つのコツですね。

⑥まとめ

——最後に、教師が知っておくべきことについてまとめをお願いします。

先ほども申し上げたとおり、幼少期の虐待は脳のハード面でダメージがあるということです。発達への悪影響や、問題行動もそこからくることがあると認識しておくことが必要です。

もう一つは、心理的虐待が一昨年からすごい勢いで増えているという点です。これには明確な理由があり、DVに警察が介入した際、児童相談所にきちんと通報してくれるようになったのです。

「DV」と「心理的虐待」をつなげて考えている教師はまだまだ少ないのではないでしょうか。子どもの目の前で夫婦間暴力があることは心理的虐待である、というのは法律にも書かれているのです。DVに直接介入することは困難ですが、子どもに対して、スクールカウンセラーにつないで心理的ダメージをケアするなどの対応は考えられます。

正式なルートのアプローチだけではなく、子どもを通して家庭にアプローチするようなやり方も含めて対応していくことが必要です。全ての担任がそのスキルを持っていれば一番いいのですが、少なくとも校内で誰か1人は、虐待の対応について知識のある人がいないといけないと思います。

3 加藤先生プロフィール

加藤尚子(かとう しょうこ)先生

明治大学文学部准教授、臨床心理士。
 研究・教育の傍ら、児童養護施設をはじめとした様々な場所で、虐待を受けた子どもの治療や地域の子育て支援、スクールカウンセラーなどの臨床活動を続ける。

専門は、児童虐待を受けた子どものトラウマやアタッチメント、子育てに関わる心理学。最近では、文部科学省科学研究費補助金の助成を受け、施設内虐待についての研究、親の懲戒行動とアタッチメントに関する研究を行っている。東京都児童福祉審議会委員、東京都男女平等参画審議会委員等を歴任。

4 著書紹介

5 編集後記

脳や心へのダメージは目にみえにくいです。しかし、それが子どもを苦しめているという事実があります。みえない苦しみをどうみつけ、対応していくのか。
 先生や学校が、子どもにとって「何かあったときに頼れる大人・場所」に少しでも近づくことができたら、と強く思いました。

(編集:EDUPEDIA編集部 中澤歩、大和信治)

6 関連ページ

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『小一教育技術』~『小六教育技術』8月号に掲載の加藤先生インタビュー記事も合わせてご覧ください。

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【教育技術×EDUPEDIAコラボ】スペシャルインタビュー

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